年末になり、いろいろな事が起こります。寒いから悲しい話はしたくないけど、大阪の放火と言い、松田聖子の娘の話といい今の日本の問題を結局相変わらず解決しないまま同じ事を繰り返している現実ですね。昨日、小学校時代からの同級生のお宅にこれまた同級生と一緒に先日お亡くなりになったお母さんの仏前にお参りに行ってきました。凄く親しい訳でもありませんが、地元に暮らす同級生ですからごく当たり前の事です。しかし、困った事に近くに行っても家の雰囲気がわからず少しの時間家を探してしまいました。仏前で話をしていると今の家ももう35年経過しているようで、私のイメージの家はその前にあった家のことだった様です。なんだかわかっているようで何にもわからず生活している自分が少し恥ずかしくなりました。ただ、その事に対しても友人達は何も言いません。やっぱり、人間の寛容性っていうのは大事ですよね。ありがたいことです。
東京というか、日本をリードしている人たちは産まれも育ちも教育もお金も満ち足りた人たちだと思います。だけど、どんどん孤独になって行くんですよね。そのくせに寂しさを受け入れる器がない。今回の出来事もそれを象徴しています。
こう言ったニュースがあると、相談したら良かったなんて意見が多く伝わってくるし、それを専門とした職業やオンラインサービス、サポートシステムも都会にはたくさんあるはずです。だけど、同じ事が繰り返される。
今年の大門高校の講演会では、人に相談しない方が良いと思うよ。自分の心に相談してくださいと講じてきました。するとその授業の謝辞を伝えてくれた男子高校生がその私の言葉をしっかりと受け止めましたと私に伝えてくれました。みんな、真面目でいい人なのに悩んでいるのは周りの大人のせいだと強く思います。